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苦学した少年時代東善作は明治二十六年(一八九三)、後に合併してかほく市となった羽咋郡南大海村中沼に生まれますが、幼くして親類である羽咋の西教寺に預けられて育ちました。その後、羽咋高等小学校を卒業後、朝....
苦学した少年時代東善作は明治二十六年(一八九三)、後に合併してかほく市となった羽咋郡南大海村中沼に生まれますが、幼くして親類である羽咋の西教寺に預けられて育ちました。その後、羽咋高等小学校を卒業後、朝鮮半島に渡り、三年後に帰国すると京都中学校四年に編入学します。しかし、一年で休学し、岡山県の私立関西中学校へ再入学しました。そこには、「より高いレベルの名門校で学びたい!」という思いがあったと思われます。関西中学を卒業後、東は石川県に戻り、大学進学の学資を得るために、当時金沢にあった北陸毎日新聞へ入社し、そこで東は大空への夢に出会います。あるとき金沢へ、アメリカの曲芸飛行家アート・スミスがデモンストレーションに訪れ、野村練兵場で操縦の妙技を披露しました。東はその曲芸飛行に目を奪われ、「自分も空を飛びたい」という夢を膨らませたのです。片道運賃でアメリカへ明治三十六年(一九〇三)のこと。アメリカのライト兄弟が世界初の動力飛行機で飛んだ年から十三年後、大正五年(一九一六)の秋に、空の時代はまだ幕開け前だったものの、東は早速、空を飛ぶ為に渡米をします。「日本民間航空史話」に、東はこう書き残しています。「アメリカのアクロバット鳥人アート・スミス君の名演技に魅せら能登ゆかりの偉人日本のリンドバーグ 東 善作※柳行李【ヤナギゴウリ】背の低いヤナギの一種の枝で編んだ箱型の入れ物。昭和五年(一九三〇)六月二十二日、小さな複葉機がアメリカのロスアンゼルス空港を飛び立ちました。目指すはアメリカ・ヨーロッパ・アジアの三大陸単独横断。無謀とも思われた、この大空の大冒険の主役こそ、能登ゆかりのパイロット「東善作」です。世界を驚かせた東は、それ以降「日本のリンドバーグ」と呼ばれ、航空史に名を残しています。あずまぜ んさ く Winter 2012 Fのさかな26