Fのさかな20号 虎魚(おこぜ) 2011年 夏 page 29/40
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能登半島のおさかな情報誌
だった。ダンプを扱う仕事に憧れて46歳で大型免許を取得し、雪深い12月に採石場に就職。半端じゃない雪道を運転する。60歳まで現役ドライバーでした。 このミスマッチな組み合わせについて、「歳が幾つやからできんとか、女やからできんってない。自分がやるかやらないか、それだけの話や。年齢は関係ない。自分で歳がいったとは言わない。」ときっぱり。 退職した年に県内の百貨店で一カ月間展示会をした。すると方々から観に来ていた企画担当者が次々に展示会の申込みに来た。あっという間に1年先までスケジュールで埋まる。 西さんの細かいスラッシュキルトを見た人は「何織ですか?」と聞く。ファンは全国にいて、着物を着る機会が多い人に好まれる。 西さんは人生を楽しんでいるという。一に「遊び」、二に「仕事」、三に「家族」だそうだ。悩み事はない。何を悩もうかを悩むそう。食べる事は好きなので食事へのお誘いは即OKなのだ。 「私の性格を知る友人は、この細かい作業を私がしているとは信じていなかった。」そうだ。明るさの裏には試練の日々があった 突然、西さんは「実は私は元気な膠原病患者なの」と言った。午後は足がむくみ靴が履けなくなるという。医師に、薬を飲まないで直す方法はないのかと尋ねたら「笑って暮らす事」だと聞かされ薬に頼らず実践している。 夢は「年齢を感じないで死ぬまで好きな事をしたい。できれば93歳の母親よりも長生きしたい。」と語る。 西さんは再婚。突然前夫を亡くし、子ども2人を抱えて途方に暮れた時期があった。 その当時、珠洲へ講演に訪れていた故橋本幸子さんとの出会いが西さんの心を支えた。橋本さんは元教師で阪神淡路大震災の被災者であり市民の代表的な存在。数々の困難を乗り越えた時の人である。どんな境遇になろうとも発想の転換でどのようにでもなれると教えられた。その後もハガキなどで交流が続いたそうだ。 西さんの前向きな姿勢と強靭なバイタリティーは彼女由来なのかもしれない。 1日の終わりに必ずする事がある。その日出会った人に対して調子に乗って言い過ぎていなかったか。気分を悪くしなかっただろうかと振り返る。しまったと思ったら、すぐに電話をかける。「謝り上手じゃなかったらダメ。」という。 西さんの人生はたくましく男勝りに見えそうだが、繊細さが見え隠れするところに西さんの作品と同じ暖かさを感じた。【手しごと工房 和】〒928-0324 石川県鳳珠郡能登町字中斉ク部5-3TEL&FAX0768-76-1023URL http://www.teshigoto-nagomi.com作品を見たい方は工房もしくは、七尾市和倉温泉の「虹と海」ギャラリーに常設展示しています。西ふさえ・にし ふさえ1948年鳳珠郡能登町生まれ。1986年~1993年鉄筋工業の会社に勤務。志賀原子力発電所の建設にも携わり、8人の工員を束ねる。現場をまかされ信頼も厚かった。1994年大型特殊免許を取得し、採石場に再就職。ダンプのドライバーとなる。2008年60歳で退職。2009年「手しごと工房和」をオープン。全国百貨店で展覧会を開催。2011年北國文化センター(七尾・輪島教室)スラッシュキルト教室講師。同年「石川ブランド優秀新製品」に認定される。上/工房にはスラッシュキルトの額やバッグ、ポーチなど西さんの作品が並ぶ。絵柄の持つ雰囲気で可愛らしいものやシックなものまで豊富。下右/スラッシュキルトを施した布地とその作業前の布地。ペラペラな布が、弾力を持った布に変わる。下左/笑顔が絶えない快活な西さん。訪ねた方は元気をもらって帰るそうです。29 Fのさかな Summer 2011