Fのさかな19号 鰰(はたはた) 2011年 春 page 25/40
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能登半島のおさかなの情報誌・フリーペーパー
藤井博文・ふじい ひろふみ/1963年石川県能登島曲町生まれ。1985年愛知県瀬戸市の㈱ビイハウス商品研究所に入社し陶磁器のデザインを担当。陶磁器メーカーなどの人たちとの交流から陶磁器の技術・知識を得る。1992年愛知県瀬戸市にて「陶房独歩炎」として独立。2002年故郷の能登島曲町に陶房を移転。奥様も陶芸家。【陶房 独歩炎(奥様/烏兎火)】 〒926-0216 石川県七尾市能登島曲町10-3-1 Tel&Fax.0767-84-1197 URL http://www.doppo.jp/釉薬の調合?土のブレンド?教えちゃうよ―藤井博文さん独歩炎のある能登島曲町 は、通りから見下ろすと甍の波が印象に残る。陶房は曲町の高台にあった。藤井さんが瀬戸市から郷里に戻ってきたのは10年前。「長男だったから」と単純明快な、まだ昔の因習が残る能登らしい理由だった。 瀬戸市は日本有数の陶磁器の産地として知られ、「瀬戸物」という名称は、この地名に由来する。窯業が盛んな土地だからこそ陶芸に関することは何でも学べたそうだ。気持ちが乗らない時は何もしない 陶芸家にとって理想的な瀬戸市と比べると能登はどうなのか。 「能登は緊張感が少ない。財布がなくても出歩ける。泥付の服装でも構わない。景色も良いしペットも気兼ねなく飼える。自然に恵まれているから新鮮なものをすぐに口にできる。例えば海に行けば魚が獲れる。その魚の食べ方や本当に旨い味を知る事ができるから、子どもにはお金で買えない財産になるね。大事な事だと思うよ。」 日頃は「追いつめられないと何かやろうという気にならないし、気持ちが乗らない時は何もしないと決めている」という藤井さんの器は、精巧な模様を施したものが多い。費やす時間について「2?3個ならいいけど5?6個過ぎると嫌になる」というのには頷けた。完成に至るまでには、何度も試行錯誤を重ねて明りがみえてくるという。映画「武士の一分」に土瓶が使われた 和風でモダンな印象を受ける藤井さんの器は、東京や神奈川などのギャラリーで展示される事が多い。 時代物風の作風が印象的な土瓶は、木村拓哉さんが主演した映画「武士の一分」の制作スタッフの目に留まり、実際に使われた。藤井さんを知る人の間では有名なことだ。 独立してからは「使い手の好みや要望に応じて柔軟に作っているけど人の真似はしない。今作ってるものが一番いいと思っている。でも時間が経つと少しずつ違って見えてくる。昔作った器を大事に使ってくれる人がいて、修理に持ち込んでくる時は懐かしさと拙さを感じる」そう言いながらじんわり嬉しそう。 二月には珠洲焼きの生徒さんを対象にデザインに関する講義を行なった。これまでに培ってきたデザインの考え方、技術や道具の使い方を教えた。「技術は秘密にしないしオープンですよ。見栄えを左右しやすい釉薬の調合や高温に適している土か低温向きか、独自の土のブレンドなんかも教える。」と惜しみなく伝えている。陶芸は生活の糧仕事のひとつ 藤井さんが思うアーティストとは「作品の売買など金銭的なことよりも自分の表現したい物を創り出すことに情熱を注ぐ人。なので、ボクの中で陶芸は農家の方が農作物を作ったり、漁師の方が魚を捕るのと同じ感覚。作陶がボクの仕事。だからボクのことはアーティストとは呼ばないんだ。」 謙虚な藤井さんが創り出す渋い器たちが、これからもどう変化を重ねていくのか待ち遠しく楽しみである。火25 Fのさかな Spring 2011