Fのさかな18号 海鼠(なまこ) 2010 冬 page 26/40
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「足音で野菜が育つ」といって、毎日畑に足を運ぶ 「せんぐり、せんぐり」とは、能登言葉で「次から、次へと」という意味。農民版画家・鈴木敏治さん(65歳)の生活リズムそのものだ。 「足音で野菜が育つ」といっ....
「足音で野菜が育つ」といって、毎日畑に足を運ぶ 「せんぐり、せんぐり」とは、能登言葉で「次から、次へと」という意味。農民版画家・鈴木敏治さん(65歳)の生活リズムそのものだ。 「足音で野菜が育つ」といって、毎日畑に足を運ぶ。「楽しいですし、好きなんです」と、野菜作りは生き甲斐の一つになっている。 鈴木さんの畑は、小高い山肌に張り付くようにあり、縦横に走るくねくねした細い道は、田畑をかけずり回って遊んだ経験のある人は心躍るにちがいない場所だ。そこから見下ろすヨットハーバーのある風景は、出身地の神奈川県茅ヶ崎に少し似ているという。 「湘南」と呼ばれる茅ヶ崎は、都心から約1時間ほどのところにあり、加山雄三さんやサザンオールスターズの桑田佳祐さんなど著名人を輩出している。 そんな素敵なところから、能登に移住してきたのは8年前。茅ヶ崎時代に出会った生命系の経済学者、故大塚勝夫氏が説いた「農的生活」による影響が大きかった。 畑を耕しながら木版画を彫り、執筆活動もすることが鈴木さんの「農的生活」。物にあふれる現代において、「豊かさとは何か」を考えた末に出した答え。どんなに発展しても一次産業は消えない。豊かさの極みは、「自給自足」ではないかと鈴木さんは確信した。「農的生活」の苦悩 現在は、効率のよい耕作地も含めて約600坪に根菜類から葉物、珍しい野菜など70?80種類育てている。農薬はできるだけ使わず有機栽培にこだわっている。 収穫した野菜は、七尾の「一本杉朝市」や「のじマーケット」「能登中島駅前直売所」で販売したり、県外へは宅配便で届けている。 移住当時は耕作地が思うように見つからなかったり、借り受けた放棄地を開墾し、やっと整った畑を手放さなければならなかったりと苦難の日々があったそうだ。 農閑期の冬場に一年の作付け計画を練る。種苗選びを考える楽しい期間だ。好奇心のあまり種や苗を準備し過ぎて、一部植え付けできなかった無駄もあった。雪が降る能登で農作業が本格化するのは3月中旬からになる。 日常的な悩みは、農作業が忙しく版画を彫る時間が不足すること。ジレンマに陥いることもしばしば。農作業の後では疲れてしまうため、早朝に創作する事が多い。棟方志功との衝撃的な出会い 人気作品の中に、「畑をみればその人が好きで楽しみながら作っているかどうかがわかる。畑からは作る人の人生観が伝わってくる。深い人生を送る人の畑からは味わいのある野菜が育つ」そう彫ってある作品がある。 「農的生活」の中から生まれる作品には、その時々に心に響いた言葉や文章が添えられることが多い。鈴木さんの作品の特徴である。 鈴木さんと木版画の出会いは、茅ヶ崎市役所に勤務する23歳のとき。神奈川県中堅青年指導講座「かながわ青年のつどい」に参加し、ここで世界的に知られる板画家・棟方志功の講演を聞くことになった。朴訥とした話し振りの中に圧倒的な勢いを強く感じたそうだ。「一人の男をこんなにも夢中にさせる版画とは凄い。いつか自分も版葉野菜を食べに来るヒヨドリ小山の畑地から見下ろす七尾北湾農作業の前の早朝に創作雪の合間から葉を覗かせるスイスチャード「農民版画」の世界を深め、その領域を拓きたい Winter 2010 Fのさかな26