Fのさかな17号 2010 秋 楚蟹(ズワイガニ) page 26/40
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能登半島からエフのさかなをお届けいたします。
漆に出会い恋してしまった 輪島塗業界が低迷する昨今、時間を惜しみながら創作に励む女性がいる。輪島市郊外に川や木々に囲まれた湿潤な山肌にアトリエを構えるロス・スザーンさん(48歳)。アトリエに至る道筋は車の進入を許さない細い山道。日本語がお上手ですねと言うと、おどけるように「私、もう25年もいるのよ!」と、キビキビした口調だ。 ロンドンの美術大学在学中に、江戸時代の漆工芸品と運命的な出会いをした。「漆に出会い、恋してしまった」という。 1984年卒業後、漆芸を学ぶため来日。当初は「女なんかには教えない」「日本語が下手」「教えない授業」など苦難の連続だったそうだ。「どうして?」「何故教えてくれない?」と、冷ややかな対応に挫けそうになる事も少なくなかったはず。「教えない授業」は後で意味のある事だと気づいたそうだ。「本人の実験、チャレンジは当たり前のこと。見て学び、何度やってみてもできない時に初めて教えを請う。納得がいく答えが戻る。確実に身に付く教え方だと後で気がついた」漆に恋する情熱、学ぶ姿勢は徐々に周囲の人に認められて行った。 長野木曽を経て世界で1番といわれる輪島塗の産地へたどり着いたのは、来日してから5年目のこと。ようやく石川県立輪島漆芸技術研修所で基礎から学べるようになる。 ところが、入学を目前に控え、もう一つの運命的な出会いがあった。友人の結婚式に出席するためロンドンに一時帰国した時、ご主人のクライブさんと出会ったのだ。入学を一年延期して結婚。再来日。クライブさんは大企業を退職し冒険に満ちた来日だった。新居はお化け屋敷 初めての輪島の印象は「寂しい、お化け屋敷、不便な町、何も無い、輪島弁がひどくてわからない」と散々だ。 それもそのはず今お住まいの家は元は廃屋。隣接するアトリエは、かつて牛小屋だった。「屋根は雨漏り、中は水浸し、電気も水道も無いひどい状態。修理するにも重い資材は細い山道をすべて人力で運んで修理。力仕事は彼の役目よ。」大修理は3年もかかったそうだ。 そんなアトリエの中には、かつて捨てられていた和ダンス、ショーケース、サッシ窓などが上手に再利用されている。牛小屋の柵は展示ボードとなり、天上の太く大きな梁は、能登半島地震の大きな揺れから作品やアトリエ内部を守った。入り口はアイビーが覆い英国風の印象さえ受ける。使い勝手の良いアトリエに変貌を遂げている。 新婚当時の移動手段は中古の自転車。「2人で自転車に乗って毎日海へ夕焼けを見に行った。生活も苦しかったし、食べる為のお金もなかった。そのうち研修所の学費を払うこともできなくなった。」 二人の窮状を知った方々の善意で研修所を退学することなく学業に励むことができた。その在学中、スザーンさんはギャラリーやデパートの催事で作品の展示販売など精力的に活動した。家事育児は分担イギリスでは当たり前のこと1995年に長女茉莉花さん、2000年に次女花さんが誕生。「仕事が忙しいときは、男だって家事をする。二人の協力で子どもを育てるのはイギリスでは当たり前のこと。」 アトリエで作業するスザーンさんの位置は、お嬢さんたちが登下校する姿が見える窓辺。いたるところにお嬢さんたロス・スザーン1962年ロンドン生まれ。1984年来日。1990年から9年間、石川県立輪島漆芸技術研修所で学ぶ。在学中、主だった重要無形文化財保持者の方々より輪島塗の専門技術や知識を修得。さらに高島屋や三越デパートなどをはじめ、展示会などの活動も精力的。その後、現代美術展、石川県伝統工芸展、金沢城兼六園大茶会展など数多く入選を重ねる。夫と娘二人の4人家族。現在作品創作とデザイナーとして活躍中。【ロス・スタジオ】http://ross-studios.net/1:アイビーの絡まるアトリエ入口。2:右側の牛の柵は展示ボードに。3:スザーンさんの作業スペース。柱にお嬢さんの写真が飾られている。ジャズミンハナ132 Autumn 2010 Fのさかな26